人文学部


古橋信孝 教授


古橋 信孝(ふるはし のぶよし)

■略歴

昭和18年3月8日 東京生まれ
昭和36年 東京都立井草高等学校卒業
昭和37年 東京大学文科三類入学
昭和41年 東京大学文学部国語国文学科卒業
昭和41年 東京大学大学院人文科学研究科修士課程国語国文学専攻課程入学
昭和49年 同博士課程修了
昭和49年 電気通信大学電気通信学部専任講師
昭和53年 同助教授
昭和59年 武蔵大学人文学部教授、現在に至る

■主要著作・論文・研究活動など

『古代都市の文芸生活』(大修館 1994年4月)
『雨夜の逢引』(大修館 1996年)
『平安京の都市生活と郊外』(歴史文化ライブラリー 吉川弘文館 1998年)
『物語文学の誕生』(角川叢書 角川書店 2000年)
『誤読された万葉集』(新潮新書 新潮社 2004年)

■専門・所属学会・その他前年の主要社会活動

 学生時代、人を感動させる言葉、自分がリアルに感じる言葉はどのようにすれば可能かという問いから、文学がどのように生まれたのかを知る必要があると考えて、日本の古代文学にいってしまった。そして、日本の現存している最古の文芸である『万葉集』や『古事記』などを読んで考えているうち、文献以前、文字以前の文芸が知りたくて、村々に口承で伝えられていると聞いた沖縄の古謡を実際に見聞きしたくなり、沖縄、それも八重山に通うことになってしまった。八重山の古謡がうたわれている祭を見て廻り、人々に話を聞いて廻った。そうしているなかで学んだことの大きなものの一つに、感動は社会と一体化したときに最も深いということがある。文芸はそのようにして始まったと実感した。文芸や芸術を個人の固有の営みと考え、感動も個人的なものと考えているわれわれの社会とは異なる考え方を知らされたわけだ。そして、そちらから読んでみると、『万葉集』はまるで違ってみえてくる。その新しい読みを追求してきたのが、これまでの私の仕事だ。
 
そこから、村々に伝えられてきた表現が村々を超えて人々を感動させるのはなぜかという問題に向かっていった。そこで、方々から人々が集まる都市に注目して、都市の文芸を考えているのが現在だ。
 
今、私は自分が辿ってきた道をこれでよかったと思っている。違った社会の異なった文芸を知ることで、現代の文芸、芸術や社会を客観的にみる目を育てられてきた。歴史的に見るといってもいい。はっきり言えば、われわれが現在もっている文芸や芸術は決してレベルが高くもないし、わずかな人々のみを感動させるにすぎない。沖縄の古謡だけでなく、古典の文芸はもっと人々を感動させる、もっとリアルな言葉であった。そういう言葉を求め続けて、私は古典を巡って批評していきたいと思っている。

■メッセージ

 ぼんやりしているのが好きだ。さまざまな想念が次々と訪れ、過ぎ去っていくのに心を委ねているのが好きだ。だから、私はそれらの想念の一つ一つをいとしく思っている。しかし、ぼんやりばかりしているわけにはいかない。人とつき合わねばならないし、社会のなかにいることは避けられない。どうすればいいか。自分の想念をいとしく思うから、他人の想念もたいせつにしなければならない。それは自分にも正確にはつかまえられないものだし、まして人に語れるものではないから、他人に対しては感じ取る感受性を身につけなければならない。そういうように自分を鍛えねばならない。しかし、どうしても合わないヤツにも接しなければならない。差別はできない。自分の感じていること、考えていることを伝えることだけはしなければならない。どうすればいいのか。客観的に、論理的に言葉を使うことしかないのではないか。公平な言葉、それは今のところ、論理的な言葉以外ない。そういう訓練をしよう。めんどうなことだが、生きていくうえではどうしようもない。大学は、少なくとも論理的な思考方法を教えてくれる。そのうえに、ほんとうに自分の感じ、考えていることを感動的に表現する言葉がみつかるかもしれない。