伊東 貴之(いとう たかゆき)
■略歴
1962(昭和37)年 東京生
1981(昭和56)年 私立芝高等学校卒業
1985(昭和60)年 アテネ・フランセ仏語本科中等科修了
1986(昭和61)年 早稲田大学政治経済学部政治学科卒業
1988(昭和63)年 早稲田大学第一文学部哲学科東洋哲学専修卒業
1990(平成2)年 東京大学大学院人文科学研究科中国哲学専攻修士課程修了
1993(平成5)年 東京大学大学院人文科学研究科中国哲学専攻博士課程単位取得退学
1996(平成8)年 博士(文学)学位取得(同上課程を修了)
1993(平成5)年 東京大学教養学部助手
1996(平成8)年 東京大学大学院総合文化研究科助手
1998(平成10)年 武蔵大学人文学部(比較文化学科)助教授
2006(平成18)年 武蔵大学人文学部教授
*なお、1993(平成5年)より、立正大学、国士舘大学、早稲田大学、千葉大学、東京大学・同大学院人文社会研究科、慶應義塾大学、専修大学、淑徳大学オープンカレッジの各非常勤講師・客員助教授を委嘱される。
■主要著作・論文・研究活動など
1.『思想としての中国近世』(単著)、東京大学出版会、2005年。
2.溝口雄三・伊東貴之・村田雄二郎『中国という視座』(これからの世界史4)、平凡社、1995年。
3.岸本美緒編『東アジア・東南アジア伝統社会の形成 16-18世紀』(共著)(岩波講座・世界歴史13)、岩波書店、1998年。
4.関口安義編『芥川龍之介作品論集成・第5巻 蜘蛛の糸-児童文学の世界』(共著)、翰林書房、1999年。
5.奥崎裕司編『明清はいかなる時代であったか-思想史論集』(共著)、汲古書院、2006年。
■専門・所属学会・その他前年の主要社会活動
*専門・専攻領域としては、中国近世思想史(宋~清:清代政治思想史、特に清代初頭~中葉期の政治観・倫理観・人間観を中心として)/隣接分野への関心としては、日中比較文学・思想(殊に中国、朝鮮・韓国の近世思想と江戸期の儒学の関連について)/他に余技として、近・現代日本文学および現代中国文学を主な対象とする文芸批評・評論。
*所属学会は、日本中国学会、中国社会文化学会(理事)、東方学会、東洋史研究会、史学会、早稲田大学東洋哲学会、中国史学会、政治思想学会、日本18世紀学会(常任幹事)。
■メッセージ
現代詩人の荒川洋治氏に「文学は実学である」という美しい文章があります(『忘れられる過去』、みすず書房、2003年、所収)。小振りのエッセー集の見開き2頁にも満たない、原稿用紙にして2枚余の、分量的にはささやかな文章です。しかし、人生にとって実に重要な事柄を簡明、率直に述べています。それは、こう始まります。「この世をふかく、ゆたかに生きたい。そんな望みをもつ人になりかわって、才覚に恵まれた人が鮮やかな文や鋭いことばを駆使して、ほんとうの現実を開示してみせる。それが文学のはたらきである」。「だがこの目に見える現実だけが現実であると思う人たちがふえ、漱石や鷗外が教科書から消えるとなると、文学の重みを感じとるのは容易ではない」。しかるに、氏によれば、「文学を「虚」学とみるところに、大きなあやまりがある」。「文学は、経済学、法律学、医学、工学などと同じように「実学」なのである。社会生活に実際に役立つものなのである」。更に続けて、「特に社会問題が、もっぱら人間の精神に起因する現在、文学はもっと「実」の面を強調しなければならない」とさえ述べています。
天体の寿命を観測するスーパーカミオカンデのような、巨額の税金を投資した自然科学、基礎科学上の実験も、とどのつまりは、人類のロマンを追求するものだとするなら、文学や歴史学、哲学、古典学などの人文諸学(社会科学もそうですが)は、ある意味で実に安上がりな「思考実験」の装置と言えるでしょう。そして、数十億年という宇宙の盛衰とは異なり、たかだか数千年か数百年の「身近な」過去の、人類の叡智の蓄積なり、時には愚行や蛮行なりを追尋し、そこから何がしかの知恵を得ることは、皆さんの理性に磨きをかけ、感性を豊かにし、実際の人生や社会においても役に立つ、いわば生きる力を身につける作業であると信じます。私たち教職員は、少しでもそのお手伝いが出来ればと念じています。

